〜オープニング〜

おはなし 神谷英樹


「昔々ある所に―」

神木村という名の
小さな村があったとさ」

「そこは美しい桜の木々に囲まれ―」

「その一本一本を神さまの木として祀る
静かな村じゃった」

「…じゃがこの神木村には
ある一つの悲しい風習があった」

「古い祠に棲む怪物
ヤマタノオロチを鎮めるため―」

「毎年祭りの夜に若い娘を
生贄として捧げていたのじゃ」

「山ほどもある大きな体に
丸太のように太い八本の首―」

「血のように赤い目は
見るだけで呪われると言われ―」

「…誰一人として
この怪物に逆らう者はおらんかった」

「その生贄の祭りが近付くと―」

「決まって村外れに現れる
一匹の白いオオカミがおった」

白野威と名付けられた
雪のように真っ白なそのオオカミは―」

「山や森へ向かう村人を
遠巻きに付け回したり―」

「皆が寝静まった夜に
村の中を歩き回ったりするので―」

「生贄を品定めするオロチの使いとして
気味悪がられておった」

「村人の中にはこの白野威を
追い払おうとする者もおり―」

イザナギという剣士は
自慢の剣術で何度も挑んだのじゃが―」

「白野威は風のように素早く
傷一つ付ける事が出来んかった」

「そして…ついに
忌まわしい祭りの夜がやって来た」

「生贄を召し取る合図の白羽の矢が―」

「天を貫き
村のある家の屋根に突き立てられる」

「…それはイザナミという
神木村一美しい娘の家じゃった」

「イザナミに密かな想いを寄せていた
剣士イザナギはこれに怒り―」

「今年こそヤマタノオロチを退治すると
決心を固めて―」

「イザナミの身代わりとなって
オロチの棲む祠へと向かうのじゃった」

「冥府へ続くかのような暗闇を湛えた
オロチの根城十六夜の祠

「イザナギがその洞穴の前に立つと―」

「目を真っ赤に光らせた八本の首が
舌なめずりをしながら現れた」

「何年も生贄を召し取って生き続ける
怪物ヤマタノオロチじゃ」

「イザナギは弾かれたかのように飛び出し
オロチに斬りかかった」

「月明かりも乏しい中
必死で剣を繰り出すイザナギ」

「…しかし鋼のようなオロチの体には
傷一つ付ける事が出来ない」

「やがてイザナギは万策尽き―」

「がっくりと膝を突いてしまった」

「絶体絶命のその時じゃ」

「一匹の獣が
イザナギを庇うように踊り出て―」

「オロチの前に立ちはだかった」

「闇の中で薄っすらと光を帯びた白い体―」

「それは神木村の外れに住み着いていた
あの白野威じゃ」

「白野威が牙を剥いて
オロチに飛び掛ると―」

「オロチも八本の首をもたげて
喰らい付く」

「二匹の人ならぬ物は
もつれ合うように猛然と争い始めた」

「…じゃがその戦いは
何とも不思議な光景じゃった」

「オロチが白野威に向かって火を吹くと
突風が吹いてこれを押し返し―」

「オロチの鋭い牙が白野威に迫ると―」

「突然大木が生えてこれを遮った」

「不思議な力に守られて
オロチと互角に戦う白野威」

「じゃが…
それでもオロチの力には敵わない」

「白野威は全身に傷を負い
白い毛並みは真っ赤に染まっていった」

「白野威は疲れ果て
もはや立っているのがやっとじゃった」

「オロチの牙が
ふらつく白野威を追い詰める」

「それでも白野威は
オロチに背を向けず―」

「最後の力を振り絞り
天に向かって遠吠えをした」

「すると……空を覆っていた暗雲が
忽ち消え失せ―」

「月明かりを浴びたイザナギの剣が
金色の光に輝き始めたのじゃ」

「それまで岩陰で機会を伺っていた
イザナギは―」

「剣に導かれるように立ち上がった」

「そして傷だらけの両腕に
最後の力を込めると―」

「オロチに向かって
猛然と飛び掛って行ったのじゃ」

「イザナギの手の中で
躍るように翻る金色の剣」

「その眩い光が煌くたびに
オロチの首は次々と宙に舞い―」

「ついにこの怪物は
自らの血だまりの上に崩れ落ちた」

「長年村人を苦しめた元凶が
最期を迎えた瞬間じゃった」

「…戦いが終わった頃には
辺りはすっかり白んでおった」

「白野威はオロチの毒が全身に回って
息も絶え絶えじゃったが―」

「イザナギはそんな白野威を抱きかかえ
村人の待つ神木村へと帰って行った」

「村へ着く頃には白野威はもう
自分で動く事も出来なんだ」

「村人たちが見守る中
村の長老が優しく頭をなでてやると―」

「白野威はそれに応えるように
小さくワンと鳴き…」

「…そして静かに事切れたのじゃった」

「…こうして神木村に
やっと平穏な日々が訪れた」

「村人たちは白野威の
立派な働きを称え―」

「村の静かな場所に社を建て
そこに白野威の像を祀った」

「…そしてイザナギの振るった剣を
月呼と名付け―」

「十六夜の祠に供えて
いつまでも平和を祈り続けたという」

「永遠に変わらぬ平和な日々を…」

「ところが物語はここでは終わらん」

「実はこのお話には
誰も知らない続きがあるのじゃ」